少しずつ少しずつ、春がやって来る気配を感じられもするけれど。
そこはやっぱり 一気にというにはまだ早すぎる頃合い。
昼間 陽が出て暖かくなろうからという予報のようなもので、
上空に雲がないからこそ放射冷却がおき、
大地が冷え込む…なぞという理屈、
宮中に上がる上達部の知識人くらいしか知り得ぬ話であり。
春に近づきつつあるはずなのにねぇ、なんでこうも朝が冷えるかなぁと、
書生くんと一緒に不思議がってた小さな住人。
小さいながらも咒術をこなしてのこと、
人の童に成り済ました、の実、天狐の坊やが
お友達のこおちゃんと一緒に、お外遊びから元気よく戻って来て。
「せぇな、たらいまvv」
「たらいまぁvv」
「はいはい、お帰り。」
袷と袴に、髪は後ろ頭へたかだかと結い上げてという
まったくお揃いのいで立ちに、
それもお揃いのふさふさした大きなお尻尾を、
もう術は要らないからと <ぽんと解いての覗かせつつ。
わあっと駆け寄って来て抱き着く愛らしい二人を、
両腕広げて受け止めた小さなお兄さん。
ああ頬っぺもお手々も冷たいね、納戸に行ってお湯を分けてもらおうねと、
まずはと庫裏のほうへと足を運び、
足をゆすぐタライへぬるま湯を分けてもらって、
ちびさんたちの手足を温めてやり。
「ほれ、ご飯までの腹ふさぎですよ。」
そぼろとハクサイをようよう練ったのを、 芋とカタクリ粉の練ったのでくるんで鉄板で焼いたお焼き、
三人一緒に はふはふといただいて。
さあ、お館様のいる広間へ上がろうと
たとたと板の間鳴らして屋敷の奥へとあんよを運んで。
「おやかま様vv」 「おお、戻ったか。」
愛らしい家人の帰還へ、
出仕の日ではなかったが、それならそれでと
別口の依頼への下調べなぞこなしておられたらしき、
金の髪したうら若き家長殿が、
やや鋭い細おもてのお顔をほころばせる。
見た目は人の和子だが、その実体は仔ギツネの二人なので、
まだまだ冬毛の身、多少の風くらいでは影響なく暖かろうし、
何より やんちゃな年頃なので、
そのお元気さも 広い裏山を駆け回ってこそ発散されもするというもの。
今日はいいお天気だったのでと、
朝ご飯を食べたそのまま、行って来ますと出てった彼らを
見送ったのと全く同じ顔触れが、
まだ少し明るい夕暮れの残照がにじむ広間にて、
おお お帰りと待ち受けていて。
そんな皆様の元へと駆け寄りながら、
「だんしょくって なぁに?」
「……………っ☆」 × @
いきなり突拍子もないことを雄叫った坊やたちなのへ、
はぁあ?と固まった皆様だったのは言うまでもなくて。
「えっとぉ、」
「どこで訊いて来たんだ、そんな言い回し。」
「あんの下種野郎がっ!」
困ったようにうろたえたのが書生くんなら、
意味が分からないから訊いてるんだろうけれどと、
やや落ち着いた応じを返すお館様の傍らから、
すっくといきなり立ち上がり、
怒号に近い吠えようをしたのが黒の侍従さんと来て、
「あんね、あぎょんがね、」
「あぎょんがね、」
「もっと南のほうに行ったらば、
今頃は“にゃのはな”が咲いてるって。」
「咲いてるってvv」
競い合うよに次々と、同じことを言いつのる愛らしさに、
やっとのことで落ち着きを取り戻した皆様。
にゃのはな? ああ菜の花かと、
合点がいったそのまんま、
「…ああ、暖色かぁ。」
「そうですね、菜の花の色のことでしょね。」
春と言えばの可憐な使者たちにも色々あれど。
梅は寒風にも耐える花だし、
水仙やコブシやロウバイも、どちらかといや白や淡色だったり、 頭上に開く木の花だったりで。
瑞々しい若緑の茎や葉と共に はちきれそうな黄色の花をご披露くださる、
そりゃあ溌剌とした印象のする菜の花は、
ここいらでは さすがにもうちょっと先になる。
「あぎょんがね、」
「あぎょんがね、」
「おまいらは なのはにゃみたいな暖色のが似合いだなって。」
「似合いだなって。」
大好きなお館様の両端にちょこりと腰を下ろし、
子供の暖かさでぴとりと寄り添いつつ、
二人がかりで無邪気にそうと言ってのけ。
『にゃのはな?』
『菜の花、だ。』
『なのはにゃ?』
『菜のは………………。』
あれれ?あれれぇ?と、そっくりなお顔を見合わせて、
かっくりこっくり、
それはそっくりな まろやかなお顔を傾げ合う
それは愛らしいお子様二人だったのへ、
『〜〜〜。/////////』
野性味あふるる精悍な口元をうにむにたわめて、
何をか耐えて見せたかと思ったのも束の間で。
雄々しき両腕の中、
小さな仔ギツネさんたちを感極まってのこと
ぎゅうと抱き締めてくれたとか。
「何だとぉ。」
「落ち着け、そこの過保護な親ばか。」
精霊刀を宙から召喚し、
そのままおっかない顔でどこかへ向かわんとするトカゲの総帥様だったのを、
呆れつつも何とか引き留めた術師殿。
“こんな遠隔、しかも時間差で、
こいつをからかいたい、あいつだってのかねぇ。”
だとしたら、思う壷で乗せられとるぞお前と、
やっぱり呆れた金の髪の術師殿。
こういう騒ぎも始まって、春が間近いねえと妙な感慨を抱いたこと、
苦笑とともに飲み込んだ陰陽師様の軽やかな色合いの髪をゆらして、
まだ少しほど冷たい風が吹いた、
春まだ浅き夕暮れどきだったそうな。
〜Fine〜 15.02.28.
*今日は良いお天気だったのに妙に寒く感じられ、
手が冷えきってたので作業が進まなんだのが困りものでした。
早くすっかりと暖かくなってほしいものです。
めーるふぉーむvv
or *

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